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2013年8月30日金曜日

830 気の達人2

前回は「気を浄化するための火や煙」のお話をご紹介いたしましたが、今回はちょっと違うお話を。

瑞浪の治療庵も、串原のお屋敷のときと同じように、治療部屋、応接、トイレなどに「阿耨多羅三藐三菩提」の御札で清められています。

この【あのくたらさんみゃくさんぼだい】とは仏の悟りの智慧(ちえ)のことで、この上なくすぐれ、平等円満である意、ということです。

このことから、秋山先生は、気というものは、病気、邪気と戦う、ということではなく、平等円満。病気ともに共存共栄しつつも、大暴れしないよう静かに共存していこう、というお考えであることがわかります。元気も自分、病気も自分。同じ自分が生み出すものなのだから、消えてしまえ!と病気と闘うのではなく、共に暮らし慈しむことで、静かにコントロールするものだよ、と教えてくださっているのですね。

痛い、辛い、痒い、調子が悪い、、、どうしてもこうした苦しみを与える病気や邪気と戦って、滅してやろう!そんな気になるものです。そうではなくて、そういう病気や邪気も自分だよ。自分を慈しみ、身を委ねる。そんな仏教医学や東洋哲学の心を思い出して、足を出せばすっと足つぼに届く、こころに届く、気に届く、そんなことではないかと思うのです。

2013年8月29日木曜日

829 気の達人その1

昨日少しご紹介しましたが、秋山先生は気の達人でございます。

治療を始める前に、先生は煙草をつけてゆっくり雑談と言うか雑談的な問診をします。

煙草と言うと、不健康と言うイメージですが、実はそうではなく、線香のようなものだ、とこっそり教えてくれました。

というのも、治療庵という場所は、人の不調を取り除き、整える場所だったりします。

病気や邪気を取り除き鎮める、と言う考え方があります。そのためには、火や煙を焚き浄化するのです。以前、先生が串原の御屋敷に居られた頃は、常に囲炉裏で火を焚いてました。あれは囲炉裏で邪気を浄化している、と言う事だったんですね。

今居られる瑞浪の治療庵には残念ながら囲炉裏はありません。なので、邪気を浄化するために、火と煙を出すことが必要になります。その役割が煙草もしくは線香となります。

ところで、アメリカインディアンには、皆で火を囲んでの長老が大いなる存在に祈りを捧げるパイプセレモニーなる癒しの儀式があるとか。

時間に追われる日々を送っている現代社会の中では、煙草を曇らせゆっくりゆったりと雑談する、なんてことは、なんて時間の無駄なんだ!とイライラしてしまいます。

しかし、そんな急いだ生き方が、心を病む人を、病気の人を生み出してやしないかい?もっとゆっくりゆったりしながら、時の流れを感じる、太古の昔のように、自然と共に生きる。そういう生き方をすることで、直接的に手を下して、足つぼ治療する前に、患者さんの中に滞った気だったり、病気のもととなる邪気を浄化しているんじゃないかなあ、と思ったりするのです。

2013年4月29日月曜日

429 感謝は本質的なもの。

他人や出来事に感謝を表す、それだけで善いと思うぞ。すべて「在る」ことのおかげだからな。起きているときも、夢をみているときも、「在る」。唯一絶対の存在があなただな。それでいいぞ。役に立つから善い、役に立たないから悪いとかな、判断することはないな。「在る」それでいいのだからな。世の中に楽しいことはいっぱい。いっぱい在るからな。感謝したらええな。

2013年4月25日木曜日

425の一言 諸法実相

本質を見抜く、その目をもつ、それができるとええ。これが大事だがな、なかなかな、難しいな。。。悟りの世界だな。だからこそな、世間のものさし、ではなくて、仏様のものさしでな、物事をみる、というのもな、ちょっとやってみるのもええな。

2013年4月24日水曜日

424の一言 ほとけさまの力、自分の力





現代日本人は、ほとんどの人が病気になると病院に行くものだな。そして、医者に病気を治してもらおう、とするなあ。それで国民医療費が37兆円にもなってしまって、大変だ大変だ、このままでは国家が破綻する、なんて騒いでな、おかしなことしとるな。

言っておくがな、病院や医者が病気を治すんじゃないぞ。一人一人が元々からだに持っとる「自然治癒力」が病気を治すんだぞ。自分の「自然治癒力」が落ちたときにな、医学が補助するんだな。

あくまで、主体は自分だぞ。そこを勘違いしたらな、あかん。


私が仏教医学をな、勉強しているときにな、この自然治癒力というものはな、ほとけさまがくださった力だ、と教わったな。

「自然治癒力」、「気」とかな、目に見えないものの力がな、最終的には力になる。そういう力をみんな持っとるからな。

病院や医者や薬に頼ってな、治療費の大半を保険という名の国に頼る。

税金上げて医療費不足を解決するよりもな、頼るのをちょっと少なくしてみたらどうだい?

もっとな、自分を信じてええんじゃないかな。

2013年4月22日月曜日

422 手作りだからかな、料理がとってもあったかい。あったかい味だよね~

(無農薬野菜を育てている地元契約農家さんから頂いたトマトを手作り塩麹で漬けて造られた特製のトマトソース。この美味しく優しい味が嬉しいエビチリ。)


(自家製の黒酢ソースに、岐阜県東白川のけんこう豚、地元の無農薬根野菜が嬉しい酢豚。)

(岐阜県東白川で人口飼料を使わないで育てられた鶏を使った鶏サラダ。)



(オーガニックの赤ワインじっくり柔らかく、美味しく煮込まれた鶏モモ肉と地野菜。ワインソース最高です)


これは昨晩、可児市の自然食レストラン「大豊軒」さんで秋山先生らと食を囲んだKちゃんの言葉。Kちゃんは細身ですらっと背が高いイケメン。

職場ではチームリーダー。いろんなことで悩み事も多いだろう。だけど、そんなことはおくびにも出さないし、職場の話を声高に語るわけでもないKちゃん。他人を気遣い、優しいからだろうね。かえって、自分を傷つけてしまっているかもしれないね。

自分から自分のコトを話しするわけでもない。ただ先生が語ってくれる話に耳を傾けて、笑ってる。それだけで十分幸せそう。そんな人達が今日も治療庵にやってきます。

秋山先生は足つぼ療法だけでなく、こころも癒してくれる存在なのかもしれませんね。

2013年4月9日火曜日

409の一言 東洋医学の専門家としての矜恃



足つぼ治療師と言えども、東洋医学の専門家だ。ちゃんと専門家として勉強して実践を重ねて、専門家としての使命感と矜恃を持って患者さんに真摯に向き合わなくちゃ、あかんな。

 ただ足なでてりゃええって人はそれでええがな、助けになりたい、というのとは違うな。 

 確かにな、足つぼ治療師は医師と違い、国家資格がない、検査や薬が扱えない、だから、あかん、信用されん、そういう考えもあるかもしれんな。だがな、そういう自分達に甘んじていては、いつまでたっても進歩がない。 そういうのは淘汰の時代にはいっとるからな。淘汰されちまうぞ。

 実際、我々の所には、「病院行ってもあかんかった」、「何処行ってもだめだった」、「何とかして欲しい」と、一縷の望みを持ってな、最後の頼みとばかりに頼んで来られる患者さんが来られる。 そういう人たちからみたらな、足つぼ治療師は東洋医学の専門家とみなされているのだからな。

専門家としてもっと勉強してな、経験を重ねてな、もっとしっかりせなあかんな。

勉強を積む、実践で経験を重ねる、理論と実践の違いに学ぶ。技術を高める。 

派手なことはないけれど、日々のそうした繰り返しが大事だな。

どんな世界でも一緒だな。